2010年10月03日
呉服町の由来
呉服町は伝統ある商店街、来週はおでん祭りなどがあったり
楽しい街です!
みなさん、呉服町の由来って知ってます?
呉服町商店街のホームページ書いてあったので是非読んで下さい!!
徳川家康の時代からあるんですって
歴史があっておもしろいですよ~

http://www.gofukucho.or.jp/
「呉服町の由来」
今川氏の時代、呉服町は駿府の本町といわれ、
当時から城下の主要地域であったことが知られていますが、
現在のように呉服町の名が使われるようになったのは、
駿府へ引退した徳川家康が慶長14年(1609)に行った町割において
駿府96ヶ町が定められた時からです。
浅間神社に近い北から南に向かって順に
1丁目から6丁目までの6ヶ町からなっていました。
その名は、この地に今川時代末期(1560年代)から徳川時代初期(1620年代)にかけて
網座、木綿座の長であった伴野宗善(友野宗全)が住んでいたため
つけられたと言われています。
宗善は町頭を勤め、駿府町割の際には奉公を補佐し、
駿府のまちづくりに活躍した人もあります。
また、呉服町には、その名のとおり、戦前までは十数軒の呉服店が
通りに軒を連ねていたことが伝えられています。
楽しい街です!

みなさん、呉服町の由来って知ってます?
呉服町商店街のホームページ書いてあったので是非読んで下さい!!

徳川家康の時代からあるんですって

歴史があっておもしろいですよ~


http://www.gofukucho.or.jp/
「呉服町の由来」
今川氏の時代、呉服町は駿府の本町といわれ、
当時から城下の主要地域であったことが知られていますが、
現在のように呉服町の名が使われるようになったのは、
駿府へ引退した徳川家康が慶長14年(1609)に行った町割において
駿府96ヶ町が定められた時からです。
浅間神社に近い北から南に向かって順に
1丁目から6丁目までの6ヶ町からなっていました。
その名は、この地に今川時代末期(1560年代)から徳川時代初期(1620年代)にかけて
網座、木綿座の長であった伴野宗善(友野宗全)が住んでいたため
つけられたと言われています。
宗善は町頭を勤め、駿府町割の際には奉公を補佐し、
駿府のまちづくりに活躍した人もあります。
また、呉服町には、その名のとおり、戦前までは十数軒の呉服店が
通りに軒を連ねていたことが伝えられています。
Posted by Wardrober 静岡東急スクエア店 at 15:09│Comments(0)
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